「ふたたび、暖簾をかけるまで」

「ふたたび、暖簾をかけるまで」第6話

奥様から当時の様子や想い(家族)

3月

毎日、いろんな課題があり、そのたびに訪問リハビリの先生に相談させて頂きました。

今まではノートに1回しか書いていなかったのですが、出来るだけ細かく、朝・昼・夜とノートに分けて書くように教えて頂きました。

 

トイレのパットも入院してからずっと付けていましたが、パット無しで数回過ごすことができました。

 

家で料理を作る練習中に、少し包丁で指を切りました。


今、青木さんが当時のことについて思う事


喫茶店へ行ったことが殆ど無かったので、そこで何をするのかわからないので、

エレベーターリフトなどで商品や洗い物を運んでいたのに驚いて、

機械を使った人間味のない仕事と決めつけていたのだと思います。(作業所見学について)


神経衰弱で久代に11組対15組で負けたのですが、初めて接戦になったので、手ごたえを感じました。


大学で広島から京都に来て、借りていたアパートが深草のアパートで、

久代と知り会ったのがこの当時です。色んな思い出も、色んな人と知りあったのも

このお弁当屋さんで働いていた頃のことが多いです。(深草のお弁当やさんに伺った際)


食事の記憶は残りやすいのか、どこで何を食べたかは手帳に多く書いています。(手帳について)


お父さんは亡くなってからも私の中にいると思っていたのでしょう。

その気持ちは今も変わりません。久代との結婚を許してくれてありがとうございます。

これからもお墓参りには行きます。(お墓参りより)


高田先生を「高田さん」と手帳に書いています。

リハビリの先生とは思って無く、友人が遊びに来るくらいに思っていたのでしょう。

 手帳の書きかたが整理できてきたと感じます。

しかしまだ部分的には突然脳トレーニングと書いてあったり、

何を書いておきたかったのかわからないページもあります。

人の名前を覚えることが出来始めたのですが、手帳に書いても実際は違う特徴で覚えていたと思います。


3月(奥様から)

トイレ作戦(パット無しにする)

 記憶フル活用作戦(分かり易く、メモの書き方や見返すクセ)

 地下鉄に一人で行ってみる(遠くから見守りをされる)

 一人で買いものに出掛けてみる、など


 主人のいい所はとても素直にきく事で高田先生を信頼し、顔(主人の)もリハビリ通所の頃に比べてやわらかくなりました。

 主人の好きな所にたくさん出かけると刺激になるかもと思い、野球、相撲に行くと写真にたくさん収めました。

*この日記は高次脳機能障害からの記憶障害の練習の為にご家族による当時の様子、想いと

御本人による振り返りから構成されています。ご夫婦より多くの方に知ってもらいたい、とのご希望があり、掲載しております。

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