「聞いて聴いて、早川一光先生のラジオな話!又、来週」

「聞いて聴いて、早川一光先生のラジオな話!又、来週」第42話


 「いつまでも有ると思うな、親と金」「転んでも、ただで起きるな!」

何かをつかんで、何かをつかむまで、起きるな!「天知る、地知る、我知る、人知る!」

親父から、よく言われた言葉です。

番組が始まった時に、悔いのない放送を!1回、1回を大事にしましょうと、放送が終われば反省会をします。あのゲストのあの言葉など・・ゲストは、自分の世界を持ち、自分の言葉をおもちの方。弱者を始め皆さんにとって役に立つ情報等を吟味して、次回の内容を決めていきます。ネタが多いほど、中味は濃いものになります。個性の強い番組には、一次情報も集まってきます。番組独自の切り口も必要です。でも早川先生土曜は講演会の日で、放送終わりで飛び出します。

2014年早川先生、胸椎(つい)骨折で入院。

血液のガン、多発性骨髄腫が見つかりました。

先生、在宅医療と訪問看護を受ける患者さんになりました。

それでも放送は続けられ、2016年7月2日放送1500回を迎えました。

竹上さんからの連絡で私もスタジオ参加。先生は車いすに座って笑みを浮かべておられました。

まだまだ元気!その後先生から、お電話をいただきました。

「今日、編成のTさんが来て、おじいちゃん・おばあちゃん観察日記のスポンサ-がおりました。と報告をうけたけど、番組が終わるということか?」

「代わりのスポンサ-が、見つかれば問題ないですよ」とお答えしました。


病状の進行とともに、出演回数が、減っていきました。

体力の衰えとともに、お話も少し聞き取りにくくなりました。

ラジオですから、言葉が聞き取れなくなったら降板です。

早川先生がお休みの時、代わりを務めて下さる先生ゆかりの助っ人が登場します。

後輩で主治医の根津幸彦医師、名田庄診療所所長中村伸一医師、認知症の人と家族の会前代表理事高見国生さん等が、竹上さんのやさしいリ-ドで番組を守ってくれました。


「今日は早川先生、スタジオに、来はるかな?」

スタジオ参加者もリスナ-もドキドキ、ハラハラしながら聞く様になりました。

番組が、ドキュメンタリ-番組になって行きました。

月に1回のご出演。聞く方もそれなりに馴染んで来て、聞きとろうとします。又、先生から電話が、「おじいさん・おばあさん観察日記を止めたいと云うてきた。」

子供の作文に先生が感想を述べる。(事前に録音)先生がお休みでも、唯一先生の声が聞ける貴重なコ-ナ-「このコ-ナ-を止めたいと云うてる」と、

「私は退職したので、内政干渉になります。」と、お返事したものの、

2回もお電話をいただいて、先生のお気持ちは、痛いほどわかります。

1回だけと、編成のTさん(彼もばんざい人間のDを担当した)に電話、先生の思いを伝え、今一度、努力して欲しいと話しました。(後年、このコ-ナ-に参加した子供さんが、母親になって自分の子供と一緒にスタジオ参加してくれました。)

先生もスポンサ-捜しに動かれた様です。結果、立命館大学が応援してくれて継続になりました。「おじいさん・おばあさん観察日記」は、小学校に作文を依頼、了解をいただいた学校に出向いて子供本人の声で朗読、収録。後日、放送日を伝え、同録テ-プを記念品と一緒にお渡しするものです。子供も親もお年寄りも聞く、番組にとっては意味のある大事なコ-ナ-です。西陣織りの職人さんの生活や八百屋さん等、子供の作文で京都の暮らしがみえてきます。番組がスタ-トして間もないころ西陣郵便局から、テレフォンサ-ビスを依頼され、番宣になるので(当時京都の大丸がスポンサ-)双方了解で、毎回カセットテ-プに録音してお渡ししました。親戚が聞きたいときは、指定のダイヤルに掛けると有料で聞けます。後のダイヤルQ2みたいなものです。

後年、会社の経営が苦しくなった時、京都新聞の関連会社と、共同で、電話で聞ける「易学あやの開運占い」を創りました。

3分間180円、指定番号の案内に従えば聞けます。[生年月日を入れて下さいなど]満員御礼の番組中、応募が殺到する人気のコ-ナ-で採用は1回3人。問い合わせが後を絶ちません。そこで、器材とシステムは関連会社、ソフト46(又は49)とおり?の答えは私が録音、易学あやさんの声で吹き込みました。番組では云わないラッキ-カラ-、1年の運勢等を聞けるようにしました。(番組では、人生相談と位置付け、加工しない本人の肉声で相性・不倫・売買等を放送。)これも初めての事。取りあえず8回線で、24時間受け付け。問題は、電話番号です。NTTが候補をいくつか出して来ましたが、イマイチそれでも選らばないと、強硬手段。選んだのは、540-3364ラジオで宣伝なので、覚えてもらわなければ意味有りません。無理やり「ゴヨウ!みみむし」これが正解!意味不明ですが、耳には残る。結果、スタ-トして8回線パンク、NTTから増設をいわれたので、15回線にしましたと、関連会社。「高田さん、深夜があきませんね、何とかなりませんか?」深夜の告知増強とチラシを作って、祇園のバ-やスナックの郵便受けに入れてもらいました。(暇な時、ママやホステスさんが掛ける)これで深夜も改善。利益率も高く、営業には貢献しました。365日毎日24時間、休みなしに電話がなりました。KBSの直接経費は、私が易学あやさんの声で録音、直接経費は0。部署が変わっても数年は続きました。

手間いらずで利益率抜群。後年、社長賞をいただきますが、この時の方が社長賞ものだなと、でも、焼け石に水。

2年後に会社更生法適用で、再建に10余年かかりました。

組合や社員の努力、市民、地域の皆さん、財界、多くの人に助けられ、迷惑もかけ再建できました。その付託と期待に、どうこたえるのか?重い十字架を背負いました。

新聞記事に堀川病院の新型コロナウイルス院内感染終息の記事が載っていました。


又、来週!(つづく隔週予定)

写真 放送1500回スタジオ。椅子に座る早川先生と北出さん



*著者紹介

KBS京都で「早川一光のばんざい人間」を立ち上げたディレクター


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