「聞いて聴いて、早川一光先生のラジオな話!又、来週」

更新日:2020年9月19日

「聞いて聴いて、早川一光先生のラジオな話!又、来週」第44話

第44話


--高田正人様--

このたび、海竜社より「ボケない生き方 ボケても幸せな老い方」を出版しました。

京都・西陣地域で半世紀、京都府美山町で七年、私としましては、一番、医療から遠い人たちの立場に立って、全力を尽くして医療活動をしてまいりました。不十分なところは多々あったと思いますが、かえりみて私心なく、悔いはありません。ぜひ、私の辿りきました道をご覧下さって、ひとりでも多く、ご理解いただければ幸いと存じます。

平成十五年八月 早川一光 


と、ご本をいただきました。

番組のなかでは、先生が本を出すたびに紹介、リスナ-プレゼントして来ました。

一体、何冊あるのやら、今回のようにお手紙付きはめずらしいのでご紹介しました。


番組が終わって、2カ月余り早川先生は亡くなりました。

先生の長女で、フリ-ライタ-の早川さくらさんによると「フィナ-レは畳の上でした。」との事。(ミネルブァ書房から早川一光の「こんなはずじゃなかった」を出版されました。)

先生、最後の最後まで、生きざまを全うしました。

主治医の根津先生の努力、尽力も半端ではなかったでしょうし、ご家族の皆さんも先生の意思を最大限尊重され、(入院か自宅かで葛藤があっただろうと推察します。)幸い、先生のご遺志に添えました。勿論、先生の頑張りもありますが、・・・


「楽に死にたいとお望みの皆さん、それは逆に言えば、最後まで生きるという事です。ぎりぎりまで生きてゆく努力、その積み重ねが安楽死に通ずるということを申し上げておきます。」

死はこわい。そりゃこわい。人間は生きてゆくように創られてこの世の中に出てきています。それが生きられなくなる一瞬が来るのです。そりゃ、こわくてあたりまえです。」

死ぬ時、生き方を振り返ってみて、これでよかった、全力を尽くして生きた。いろいろなことがあったけれども、ここまで生かされて来た。これでいいのだ。来るべき死を迎えていこうという気持ちになられます。」

「人間、生まれるときは、同じように生まれてきますけれども死にざまは、1人ひとり違います。それは皆さん、生きてきたように、死んでいくからです。」(抜粋)

死にざまが生きざまを、生きざまが死にざまを、描いていきます。

関西TVの特番「畳の上で死ぬって大変だった」によると、

最後に立ち会った訪問看護師さん

「わしの最後はどんなになるんやろう」と言っていた先生に、

「何も心配しなくて良かったよと言える立派な最後でした。」

息子さんは「いい死に方でした。」

奥様は「いい人生だったと思います。」

主治医の根津先生「肩の荷がおりました。」

改めて早川一光先生のご冥福をお祈りします。そしてありがとうございました。合掌


「早川一光のばんざい人間」30年6カ月の長寿番組も又、多くの人に惜しまれ大往生を迎えることが出来ました。

番組を立ち上げた者として、最後に立ち会える事ができて、幸運でした。


3回忌、7回忌、13回忌、今や、再放送の時代。

必要とする方がいればエンドレス。それは、お任せすることにして・・・


2020年コロナが来ました。スタジオ参加は、当然出来ません。

TVの番組を見ても、悪戦苦闘。

ラジオは、ヒュ-マンな媒体です。人の息つかいも聞こえます。人の心に寄り添える媒体です。悩みなどを聞くだけでもよろしい!

「命のラジオです」。

行政と連携して「ゆずりましょう!もらいましょう!」「ボランティア情報」(事前登録者)等。

語りかけるラジオ・行動するラジオ!お助けラジオ!出来る事から、やる!小回りが利くラジオだからこそ!地域に貢献する。コロナで取り残されそうな高齢者、独居老人、母子家庭、こども食堂、弱者・・・やれることが有るはずです。

又、早川先生に接して、それぞれ、宿題をもらった皆さん、出番です。

自分に出来る事から・・・

又、来週(つづく隔週)次回は番外編 近藤 誠医師




*著者紹介

KBS京都「早川一光のばんざい人間」を立ち上げた初代ディレクター

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